季刊まちりょくvol.41
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15稿がある不便を感じました。それで自分の仕事を完全デジタルに移行させようとしている途中なのですが、アナログの不便さは消えても、デジタルの不便さが残るだけかもしれない。震災以降の世の中は、便利というものが一番の価値になってしまい、人は便利を味わいたくて、クリックしてしまう。私の仕事の完全デジタル化も、それとあまり大差ないのではないか。 30年以上前にパソコンにハマって、仕事もほったらかしてパソコンばかりやっていたんですが、この前、ある人と話していて、いつかパソコンで漫画を描くのが夢だったのを、思い出しました。すでに10年ぐらい前に、やろうと思えばやれたことですが、ようやくパソコンだけで漫画を描きます。夢が実現すると言うほどの、高揚感がないのは必要に迫られてやるからでしょうか。 今いる仕事場もすでに20年以上になるんですが、来年の3月で閉めることにしました。コロナウイルスの影響がないとは言えませんが、いろいろな事情によって、来年からは自宅で仕事することになります。壁一面に飾ってあるポスターや絵は、震災の時に出来た亀裂を隠すためなんですが、10年後、その亀裂がどこまで広がっているのか、確認することになりそうです。 10年という時間の中で、漫画家としてなにか生み出しえたかというと、震災をテーマにした「I(アイ)」という漫画と、震災後をテーマにした「誰でもないところからの眺め」という2作品を描きました。それが社会にどんな影響を与えたのか、それは知りません。漫画家の常として、ただただ自分が描きたかっただけでした。 そのあとは、誰しも生きて行かなければならないので、日々の仕事の中に埋没してしまっていましたが、それを「前を向く」という言葉で言うのなら、みんなそれぞれ前を向いて生きて来たと思います。うしろを振り向くのは、それこそ漫画家とかの役目なので。 9年間、前を向いて歩いていたら、突然コロナウイルスがやって来た。それはまるで震災の時の津波のように、すべてを流してしまい、今もまた流されている人がいる。津波がまだひかないので、世界中がどうなってしまったのかも、まだはっきりとはわからないまま、それでも人はまた「前を向く」。前を向くしかないのが人の哀しみなら、この9年間は哀しみが絶えることはなかった。しかし、もう前を向かなくてもいいのではないか、ということをコロナウイルスが教えてくれていると言ったら、あまりにも無責任でしょうか。漫画家は無責任なものですが、それでも、前を向かなくてもいい人生とはどういうものなのか、ずうっと考えています。 コロナウイルスが最高潮の頃、私もテレワークというものをやり、その時に紙の原いがらしみきお(漫画家)宮城県中新田町(現・加美町)出身、仙台市在住。会社勤務を経て漫画家デビューし、1986年に連載を始めた「ぼのぼの」が大人気となる。その他の作品に「忍ペンまん丸」「I【アイ】」「誰でもないところからの眺め」など。

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