17 1987年、一番町四丁目に落成したファッションドーム141の中に、仙台市が「仙台市婦人文化センター(愛称:エル・パーク仙台)」を設置。市民文化事業団が管理運営を担うことになった。141は、単なるショッピング施設と公共施設の複合ビルにとどまらず、「新しい伝統」というスローガンのもとに、地域に根ざした文化事業を展開し始めた。それは、人が集い、文化が生まれるまちをつくる、民間と公的文化セクターによる協働事業の先駆けだった。 市民文化事業団の助成金や地元企業のメセナ支援により、私もエル・パーク仙台で、仙台市内のダンサーたちと稽古場の枠を超えたコンテンポラリーダンスのプロデュース公演を行った。文化を支える仙台人たちの存在は、私たちに挑戦する勇気を与えてくれた。 この流れの中で生まれたのが、定禅寺ストリートジャズフェスティバルだった。戦後、米軍駐留の折から、ジャズが演奏されてきた伝統を受け、杜の都を象徴するケヤキ並木の景観と人と音楽が響き合う、新たな秋の祭りをつくろうと、141の呼びかけで定禅寺通周辺のまちづくりを担う人々が立ち上がった。141の事業担当者や音楽家の榊原光裕氏らとともに、パリの街頭音楽祭を見に出かけ、仙台方式の開催スタイルを模索した。聴衆であるだけでなく、市民が主役になれるような音楽祭にしたい。そんな思いが結集し、その後、定禅寺ストリートジャズフェスは、多くの市民の力で、大きく成長していく。まさに、シビックプライドを醸成する文化政策が、市民文化事業団・企業・市民の協働で始まった黎明期だったといえよう。 10年ほど前には、市民のアートイベント制作講座を担当させていただいた。市民の柔軟な発想と力は、ユニークかつアグレッシブなイベントを生み出した。演奏機会が稀な現代音楽のコンサート「超難解音楽祭」。エンディングには夥しい数の風船が観客席に降り注いだ。 高校生たちと舞台を制作する1ティーンズ0’sプロジェクトでは、感受性の鋭い若い世代が、劇場空間をフルに活用して自らの内面を吐露した。仲間たちと互いの価値観をぶつけあい、葛藤し、伝えるむずかしさという壁にはばまれながら、舞台制作という究極の共同作業に挑んだ。 卸町の空き倉庫で行った卸町はっぴい・はっぱ・プロジェクトには、講座の受講生有志が参加してくれた。演劇工房10-BOXのご協力のもと、アートプロジェクトを通して、卸町がこれからどうあるべきかを問うたこの活動は、卸町のDNAといえる倉庫をアートスペースとして整備する方向性を示唆し、クリエイティブ産業拠点として町のイメージを見出すことに寄与した。市民文化事業団が生みだした市民パワーが、まちのリノベーションの原動力となったのである。 人々が日々生きるなまなましい場所から紡ぎ出されていく文化は力強い。芸術家や他者と協働する創造のプロセスは、いつもと異なる視座を与えてくれる。 人々の心にある目に見えぬ希求を見出し、多様な人たちと協働して仙台を動かしてきた市民文化事業団の30年。その仕事は、これからさらに重要性を増していくことだろう。まちと共に、人と共に〜市民文化事業団の30年と共に歩んで吉川 由美(アートディレクター、演出家、有限会社ダ・ハプランニング・ワーク代表取締役)仙台市生まれ。八戸ポータルミュージアムはっち文化創造アドバイザー。南三陸町の「きりこプロジェクト」は2013年度ティファニー財団賞受賞。東北芸術工科大学大学院非常勤講師。
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