季刊まちりょくvol.21
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14舘野 泉 たてのいずみ ©武藤章 東北農民管弦楽団のことを知ったのは今年の春だったと思う。活動を始めたのが数年前。農業に携わる東北六県の音楽愛好家が組織したオーケストラで、農繁期には各人が忙しいから練習はめいめいで行い、農閑期の10月から翌年2月までが一緒になって練習や演奏会を行なっていると聞いた。なんだかとても新鮮で素晴らしいグループだと思った。音楽が各人にとって愛おしく大事なものであることがよくわかった。ベートーヴェンの「田園交響曲」やドヴォルジャークの「新世界より」、シベリウスの「フィンランディア」などを重要なレパートリーとしている。宮沢賢治の考えや行ったことどもを大事にしているとも聞いた。私にとっても賢治は大切な人である。太平洋戦争の時に東京の家は焼夷弾の直撃を受けて全焼し、ピアノも丸焼けになってしまったが、何よりも悔しかったのは当時愛読していた『風の又三郎』の本が焼けてしまったことだ。当時は戦火厳しく、本も手に入らなくなっていたからだ。 私と長男ヤンネのために作曲家の平野一郎さんが二重協奏曲「星巡ノ夜」を書いてくれたのは2014年のこと。楽譜には「宮澤賢治ノ心象ノ木霊」と記され、私とヤンネに捧げる旨が記されてもいる。第1楽章「天路ノ汽笛」、第2楽章「銀河ノ舟歌」、第3楽章「際涯ノ星祭」から成り、ヴァイオリンで奏されるカデンツァには「ジョヴァンニの肖像」、ピアノで奏されるカデンツァには「カムパネルラとの対話」と記されて「銀河鉄道の夜」が響いている。第3楽章の「際涯ノ星祭」にはねぶたの太鼓が華やかに連打されつづける。オーケストラは左右二群に配置され、非常に精妙複雑な動きもあるから、ソリストも指揮者も過酷なまでの動きを要求される。東北農民管弦楽団にとってもいままでまったく未経験の分野だろう。作曲者の平野一郎さんが以前、私の為に書いてくれた傑作「微笑ノ樹〜円空ニ倣ヘル十一面〜」の動と静に満ち溢れた広大な世界が想起される。いまから400年近くも前、63歳の生涯に亘り美濃・飛騨・尾張を中心に南は伊勢・大和、北は津軽・松前・果ては蝦夷国まで遍歴し、鉈彫と称される荒削りな木造彫刻十二万体を遺した円空。その精神が銀河鉄道にまでつながり、天空遥かに去っていく。東北農民オーケストラとともにその旅をしていこう。母の故郷である仙台でこの機会がもてることも弟・英司とともに喜んでいる。1936年東京生まれ。60年東京藝術大学首席卒業。64年よりヘルシンキ在住。日本とフィンランドを拠点に国際的活動を展開し、演奏会は3500回を超える。02年脳出血により右半身不随となるも04年「左手のピアニスト」として復帰。NHK大河ドラマ「平清盛」のテーマ曲ソリスト。左手ピアノ音楽の集大成「舘野泉フェスティヴァル~左手の音楽祭2012-2013」を開催。シベリウス・メダル、旭日小綬章等受賞暦多数。南相馬市民文化会館(福島県)名誉館長、日本シベリウス協会最高顧問、日本セヴラック協会顧問、サン=フェリクス=ロウラゲ(ラングドック)名誉市民。 舘野泉公式HP http://www.izumi-tateno.com 東北農民管弦楽団第3回定期演奏会(仙台公演)で共演するピアニスト、舘野泉さんからご寄稿いただきました。寄稿舘野 泉(ピアニスト)

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