季刊まちりょくvol.14
14/100

四季に添った行事や手仕事、遊びがいかに暮らしと密接であったかをあらわしている。幸い、本書の三分の一を割いて解説(労作!)が付してある。「ゲエラゴ」(おたまじゃくし)、「きりごみ」(塩辛)、「たろ氷」(つらら)、「アケヅ」(とんぼ)、「かめこにしゃぢこ」(小さな甕と竹のサジ)、「あじられす」(案じられる)、なんて愉快な言葉なのだろう。意味を知りたくて解説と本文を行ったり来たりする。 当時の編集作業は戦時のほのかな灯りの下、集まった郷土句を並べ、ときに笑いがもれ、思い出話が次々に飛び出しただろう。完成した翻刻本を受け取りに伺った時、渡邊夫妻も編集の苦労を語りながら、方言に接する楽しさに顔をほころばせていた。政治や思想が激動のなかでも、文化とは、ゆるぎない風土に支えられた大衆の営みの上に培われるものという想いを強くする。それだからか、今より貧しくて、しかも戦争中だったというのに、読んでいるとなぜかその頃の仙台に行きたいと思ってしまう。「郷土句」が伝える身近な文化の尊さ佐藤 雅也(仙台市歴史民俗資料館 学芸室長) このたび天江富彌編集の『仙臺郷土句帖』第Ⅰ期全14輯が、出版文化史研究家の渡邊愼也さんによって翻刻されました。翻刻とは原本どおりに新たに版を起こし出版することで、昭和16(1941)年12月発行の第1輯から昭和21(1946)年2月発行の第14輯までの1250余句が収録されています。 これは天江富彌が「郷土句」というものを発案して、戦地や内地の郷土将兵への慰問のために発行したものでした。天江のいう「郷土句」とは、「郷土のもつ独自の情緒なり方言なりを俳句にとり容れた」もので、郷土文化を郷土の人が自らの言葉で喜怒哀楽をこめて表現し、伝え、交流し、地位と世代と地域をこえて文化を育む仕掛けの役割も果していました。 このような郷土句は、柳田国男が唱えた「郷土研究」や「郷土誌論」(民間伝承の学、民俗学)の考えとも同調するところがあり、市井の人々から見た生活文化の移り変わりを日本の歴史の中に位置づけていく文化史観と重なるものといえます。天江はまさに「郷土句」という、皆がわかりやすい、親しみやすい方法で、それを身近なところから発信、展開していった人物だといえます。 このような郷土句からは、アジア太平洋戦争当時における戦争と庶民のかかわりについて考えることもできます。また時代をこえて伝わる民衆・常民の文化力を考えることもできます。あるいは、さまざまな方言や生活慣習、身の回りの道具(民具)などについて考えることもできます。多様なとらえ方が可能なのは、生の資料を丸ごと収録する翻刻という方法で発行されたことによります。それに加え、郷土句の簡単な解説や表紙絵作家、著名な投句者の紹介など、当時のことを初めて知る読者への配慮もなされています。 発行者である渡邊愼也さんの並々ならぬ決意と情熱をもって成し遂げられたことに敬意を表すしだいです。12

元のページ  ../index.html#14

このブックを見る