季刊まちりょくvol.14
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11仙台弁で綴られた市井の人々の歴史井上 康(季刊誌『みちのく春秋』発行人) 今日の渾沌とした世情の思想的相克。その背景に、太平洋戦争をふり返った時の「歴史観の対立」があるのは間違いない。一方は相手を「歴史修正主義者」と呼び、非難されたもう一方は「自虐史観者」と罵る。 だからこそ私たちは「歴史」を出来るだけ正確にとらえる必要があり、それには「事実を裏付ける客観的資料」の発掘が欠かせない。 本書は、昭和16年から5年間にわたり、戦場におもむいた将兵に届けられた「郷土句」の翻刻集である。 内容は、戦地で戦う将兵の心の癒しを目的に、銃後の市井の人々が仙台弁で仙台の日々の暮らしのありのままを詠んだものである。 かんねァきのごいだましそうに わらすなげ 仙台 八島芳枝 炬燵からなつたら出ないかばねやみ 仙台 伊達南谷子 「かんねァ」(食べられない)に食糧欠乏の心情を、「かばねやみ」(怠け者)に郷愁を覚えるのは私だけではないのではないか。 本書は、大上段に構え一刀両断に歴史を切り捨てるものとは無縁であり、一般庶民の感情の発露であるだけに、貴重な資料である。 そして翻刻の労を担った渡邊愼也氏の仕事ぶりにも通じるものである。 巻末の「仙臺郷土句帖」発刊略年表・「郷土句関係」参考資料一覧・「仙台の方言」参考資料一覧・「著名な投句者」一覧など、実に丁寧な仕事ぶりに表れており、『百年後の人々に評価される出版物を創る』(『みちのく春秋』2012年秋号)という渡邊愼也氏の出版に対する姿勢はここにも見事に結実している。土地の言葉のたくましさ、やさしさ前野 久美子(book cafe 火星の庭 店主) 古書を扱っていてお客様から度々お名前を聞く人、天江富彌。皆さん、親しみと敬愛を込めて「あまえとみやさん」または「天江のおんちゃん」と呼ぶ。資力も知力も乏しい古本屋へもたまに関連資料が舞い込んでくることがあって、惜しみつつ並べているとすぐに売れていく。なぜ天江富彌がそれほど愛されるのか。それを解き明かす良書が出版史家の渡邊愼也さんの手で発行された。 1920年代から1984年に亡くなるまで、仙台にて郷土文化の花を育て続けた天江さんは、大東亜戦争開戦と同時に戦地へ文芸の花束を届けれておられた。お国の訛りと情景を郷土句という俳句に込めて。戦地の兵隊さんは、まるで故郷のアルバムをめくるように読んだのではないだろうか。 今、72年後に『仙臺郷土句帖』を読むと、詠われる情景の多彩さに驚く。それはとりもなおさず、仙台の自然の豊かさ、

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