季刊まちりょくvol.6
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24art reviewやんや 涙が出た。 それは、悲しいという気持が起きたのとは違う、何かに触れたような感覚で突然だった。 彼が描くその巨大な作品は何度も見てきてはいる。しかし、今回はテーマもモチーフも今までとは異なっている。もちろんその色遣いも。幾重にも鮮やかな色彩を塗り重ねることで独特の果てしなく広がる宇宙を感じさせて来たこれまでの作品とは違い、冷たく重く悲しみに満ちたものだ。 細かな部分から見ていき、全体像を見ようと思い近づいて横へ横へと目を走らせて行くと中ほどまで来た所で赤い一輪の花が目に留った。その時だ。涙が出てしまったのは。 打ち上げられた巨大タンカー。津波によって破壊された倉庫。突き刺さったような漁船。 なぎ倒されて流れついた木片。そのどれもが大きさの対比に違和感を持つ。日常ではない異常な光景をこういう形で表現することを選んでいた。 本来抽象的な心象表現をしてきた彼にとって、具象を描くという事にかなり困惑したという。上手く表現できればできるほど、すぐ後にこのような作品を描いていいものかと何度も悩んだそうだ。その事は色合いを見ても解る。今までの広がる宇宙をも思わせる色彩豊かな作品は五十色近い絵の具をパレットに並べて描いてきた。今回はそのような色を使う気にはどうしてもなれなかったと。 そのせいなのか、作品の中にある空気が凍りそうに冷たく感じた。それは、体だけでなく心の芯まで凍てつくようなものだ。あの激しくゆれた後の静けさを感じさせる吹雪のように。彼自身そのことを感じなが加川広重巨大水彩画に映し出されたもの第9回加川広重巨大水彩画展「巨大画で描かれる東日本大震災」金子 美也(晩翠画廊)

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