季刊まちりょくvol.4
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3今回こそその光景に一致する場所を見つけることができれば……と願いながら、青葉神社から木町通のほうへ歩いてみた。歩きながら、小山さんの脳裏にはさまざまな映像が浮かんでくるようだった。 「ちょっとした水の流れというか、川まではいかない、堀のようなものが流れていたような……」 「母が家の近所でお琴を習っていたんです。当時は自分でお琴を持ってお稽古に行ったんですね。きれいな布に包まれたお琴をかかえて出かける母について行ったのを覚えています」断片とはいえ、自然の音や色彩がぱっと眼前にたちのぼるような記憶……。まるで音をつむぎ出すように小山さんは語るのだった。現在の地名でいう木町のあたりを通り、東北大学病院まで足を進める。街の様子は歳月とともに変化していて、思い出の中にある風景に添う場所はやはり容易には現れてはくれなかった。 「若くして亡くなってしまった父ですが、当時のことをもっともっと聞いておけばよかったと今も思います」と残念そうに言いつつ、「父の友人や同僚だった方に聞いて、いつかは仙台でのことを調べつくしたいとも思っています」と小山さんはやわらかな笑顔を見せた。「私が住んでいた頃の道路はこんな砂利や土の道だったはず」と細道を歩く。道端にはツユクサが小さな青色の花を付けていた。小山さんは思わず「懐かしい!」。 東京ではめったに見かけなくなってしまったそうだ。大学病院の前で。「仙台の当時の人口はどれくらいだったのかしら。道路も幅が広くなって、街の様子もだいぶ変わったんでしょうね」仙台市役所の前庭にある鐘(姉妹都市リバサイド市から贈られたもの)に目を留める小山さん。「日本では除夜の鐘など節目のものだったり、ヨーロッパでは教会の祈りの時間を知らせるものだったり、鐘には人々のいろいろな思いが込められていますよね」。そんな思いから、震災後の演奏会のアンコールではリストの「ラ・カンパネラ(鐘)」を弾くことが多い。

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