季刊まちりょくvol.4
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14神谷 未穂さん仙台フィルハーモニー管弦楽団コンサートマスター震災以降、私達仙台フィルの活動も大きく変わった。多くの被災者の方の安否確認が出来ず、ライフラインもこれから、という時に、避難所等での演奏活動を開始した。時期が早過ぎるのではというご意見も頂き悩んだが、自分達自身を助けてくれた音楽の力を何としても届けたい、という思いが強かった。ある避難所では、多くの方が体調を崩し寝込んでおられ、入口で「演奏したら、みんな起きてしまうではないか!」と注意された。演奏せずに帰るべきか、と不安に思いながらも「ゆったりした曲を演奏するのでBGMがわりにでも聴いて」と演奏し始めた。1曲弾き終える毎に「生演奏はいいものだね。来てくれて本当に有難う」と皆さん涙を流して喜んで下さった。多くの楽団員が同様の体験をしている。仙台フィル全員で一丸となり音楽で被災地を必ず復興させよう、という強い思いが私たちの活動を続けさせている。熊谷 和徳さんタップダンサー 震災から5ヶ月、七夕まつりの仙台から帰る新幹線のなかでこの文章を書いています。 毎月仙台には来ていましたが、今回は震災直後からは考えられないほど盛りあがっている街なかの風景に、そして世界中から送られている短冊のメッセージに胸が熱くなりました。 その一方で、まだまだ未解決であろう沿岸部の復興、そして現在進行形で続いている原発の問題は普通にもどりつつある街なかの日常との大きなギャップが広がりつつあるのではないでしょうか。 自分が毎週仙台で教えているタップのワークショップ受講生のなかでも、震災による影響の大小によって、クラスに来られる方、なかなか余裕の持てない方がいらっしゃいます。そこには一見してはなかなか見えない、震災による明暗の別れがあるような気がするのです。 これからの復興にあたっては、このギャップをそれぞれが思いやる心の持ち方のようなことが非常に大切ではないかとおもいます。 震災直後、みんなが助け合いこの歴史的な震災を乗り越えるために頑張ったあのエネルギーをこれからも忘れることなく、まだまだ大変な場所へ目をむけていくこと。仙台の隣街である福島の問題もまた他人の問題ではないでしょう。自分達が食べる農作物のこと、魚介類のこと、そして子供達の将来のことは今まさに自分達の復興を考えるうえで考えなくてはいけない問題であるとおもいます。 東北の中心といわれる仙台市がこれから担っていくべき役割はとても大きいとおもいます。これからは世界に向けて、この場所から未来へのポジティブな可能性を発信していく時だとおもいます。自分自身は、タップというアートと共にこの仙台から発信していきたいです。これからずっと先まで、自分が育ったこの街に誇りをもって、みなさんと共に歩んでいきたいです。熊谷 和徳 (くまがい かずのり) 仙台市生まれ。15歳でタップダンスを始め、19歳で渡米しニューヨーク大学で学びながらタップのトレーニングを受ける。帰国後はソロ公演のほか多彩なアーティストとの共演、ワークショップなどの活動を続ける。仙台では2007年から「KAZUNORI KUMAGAI TAP WORKS」を開講し、子どもからシニアまで多くの受講者が参加している。

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