7意識しあってやってきた。他から「ライバルでしょ?」と言われると、そうでもないのに「そうです」なんて言って(笑)。でも、劇団員も含め、仲良くやってきたよね。丹野 私はその頃、よその芝居を観に行くことはほとんどなかったのですが、十月劇場だけは別で、よく遊びに行ってました。石川 I.Qは先鋭的なことをやっていて、観客動員数がすごかった。でも客には媚びず、「中途半端なことはやらない」という潔い感じがあった。それが東京で認められた要因だと思うし、私も一目置いていた。テーマも私が書かないようなものをやっていたね。私は男女の恋愛とかは不得意分野だから。丹野 私は逆にそれしか書かなかった(笑)。今でもそうですけど、自分の興味ある分野とか知っていることしか書けなかったんです。でも、石川さんは社会派なのに、時々「社会派なんてどうでもいい」ってわけのわからない芝居をやる時があって、私はそれが大好きなの。役者が本当に楽しそうなんだもの。今も面白い役者がたくさんいるよね。*そもそもなぜ演劇を選んだのですか?丹野 小さい頃、私は人前で話せなくて友達もいないような子だったんですが、小学校の担任の先生がなぜか私を学芸会に出したんです。宮沢賢治の『貝の火』のホモイという役でした。「くみちゃん、ちゃんとしゃべれたね」と褒められて、「これしかない」と思ったんです。演劇が何かなんてわからないまま続いて、たまたま仲間に出会って高校卒業後に劇団を始めました。当時、劇団はいくつかあったけど、「大人」がやっているイメージが強くて、ならば「自分たちの言ことば語で、自分たちがやれることをやろう」と。でもまさかこんなに長劇作家・演出家・女優 劇団Iアイキューイチゴーマル.Q150代表1960年仙台市生まれ。79年、劇団I.Q150を旗揚げ。以来、作・演出・女優として活動。男と女、仲間、家族など、人間のあいだのさまざまな局面を独自の視点で描く芝居に定評がある。2007年から塩竃市の市民参加ミュージカルの作・演出を手がけるほか、文学作品の朗読などでも活動。09年に劇団結成30周年を迎え、10年6月まで1年間にわたる記念企画を行った。90年度宮城県芸術選奨新人賞受賞、97年度宮城県芸術選奨受賞。http://www.iq150.info/丹野 久美子 たんのくみこ注※1 東京キッドブラザーズ寺山修司らとともに「天井桟敷」を結成した劇作家・演出家の東由多加が、1968年に旗揚げした劇団。オリジナルミュージカルを上演し、俳優の柴田恭兵や作家の柳美里が在籍した。2000年、東の死去により解散。※2 唐十郎1940年~ 俳優・劇作家・演出家 1963年、劇団「シチュエーションの会」(翌年「状況劇場」に改称)を旗揚げし、新宿でテント公演を行うなどアングラ演劇の代表格として知られた。88年、「状況劇場」を解散し、劇団「唐組」を結成。小説家として芥川賞を受賞し、大学でも教鞭をとるなど多方面で活躍。
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